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それは、自分がやっていること。

皆様こんにちわ。

 

 

先日、テレビを見ていて思うことがありました。

「いつも自分ばかりが怒られるのが嫌で、怒られないように怒られないようにしていた。」

と出演者のとある方が仰っていました。

 

けれどもその方のお話を伺っていると、誰がどう聞いても当人が相手を怒らせているんですね。

大袈裟な表現を使いますが、『自分は怒られている被害者で、怒っている相手が加害者である』という先入観があったんですね。

 

 

でもこれは、この人に限ったことではありません。

この方の場合は「怒られる」ことでしたが、実は全ての方が自分にとって他者から一番されたくない事を、つい他者に向けてやってしまっているのです。

 

 

例えば、

「いつも否定される。否定されたくない。」人は、他者を批判的な目で見ている人です。

 

「いつも自分ばかりが頑張っているのに誰も評価してもらえない。」人は、他者の頑張りや努力や成果を疎んじている人です。

 

「人からバカにされる事が恐い。」人は、自分よりも賢くないと感じた人に対して軽蔑にも似た感覚で見ています。

 

「使えない奴だと思われることが我慢ならない。」人は、心の中で利用価値のあるなしで人を仕分けしています。

 

 

このように、最も自分が恐れていることを、他者に対してやってしまっているのです。

一番問題なのは、周りから見たら一目瞭然で「あなた自身に問題があるよ」と見え見えなのに、当の本人だけがそこに全く気付かないどころか、周囲に対して被害者意識を募らせてしまっているということです。

 

人から批判されたり嫌われたくないと思っている人ほど、すぐに人の悪口や批判を言います。

自分が言うのを止めたら、自ずと言われなくなります。

 

 

昔から、『人は鏡』と言われますが、実際その通りです。

紫微斗数でも顕著にその様子は現れます。

 

 

最も苦手だと感じているその相手は他者ではなく、無意識に『されたくない事をやってしまっている』あなた自身である、とわかります。

 

いやはや、怖いですねぇ。

 

敵は自分の内なる心に他なりません。

 

 

 

もし、

「どうして自分ばかりいつも○○されるんだろう。」とか、

「どうしてもっと○○にならないんだろう。」、

などの気持ちが自分の中でくすぶっているとしたら、ひょっとすると自分自身が一番他者からされたくないことを無意識にしてしまっている可能性があります。

 

 

自分が一番他者にしてほしいこと、即ちそれは、あなた自身が一番他者に対して欠けている行いであり、最もやらなければならないことです。

 

 

そして、最もやらなければならない事を、勇気を持って他者に行うことができ、自然とそれが身に付いた時、神様からのご褒美の様な幸福感がもたらされることでしょう。

 

紫微斗数にはそういう訓えが潜んでいます。

有難いですね。

 

 

自分がされて嫌なことは、人に対してやってはいけない。

当たり前のことですが、これがなかなかやれているようでやれていないんですね。

自分という存在が最も見えにくく、視界に入っていないわけですね。

 

 

一番されたくない事を自分が人に向けてやってしまっている可能性を、どんな立場のどんな人であっても、常日頃から心に留めておいたほうが良さそうですね。

 

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答え合わせ。

皆様こんにちわ。

12月というのにあまり寒くありません。
まだ晩秋のような気温で暖冬ですね。

 

 

 

ところで、物事には何でも好機があります。

日頃の鑑定に際して、
「今、これをお伝えしてもダメだろうな…」と判断したり、
或は開店以来の常連のお客様に対して、
「やっとお話できる時が来た。」と判断してお伝えすることもあります。

 

同じ言葉であっても、タイミングによっては理解できないことや、受け止めることができないことがあります。

肥満の人に「痩せなさい。」とアドバイスしたところで、言われた本人が本気で痩せる気持ちにならないと、反発や言い訳しか返ってこないのと同じです。

 

 

では、本気でそう思って「いざ実行」する時とは、どんな時でしょうか。

 

それは、それまでの自分の価値観が全て否定され、自分の存在意義を見失った時です。
信じて疑わなかったことが、そうじゃなかったんだと大きなショックを受け、諦めた時です。

 

 

 

この世に人として生を受けた人すべてに、生まれながらにして与えられた宿題があります。

その人にとって最も受け入れ難い事柄で、それだけは絶対に自分の理想を手放したくないと捉われている事柄、いわば執着のあることが宿題です。

 

 

しかし、それを宿題だと知らずに苦しんでいる場合が殆どです。

どの人にとってもこの宿題は、他の人には分からない苦しさが用意されています。
たとえ理解されたとしても、当人しか向き合うことは出来ない事柄です。
その人にとっては、「気にしなくてもいい」わけはなく、どうしても軽んずることはできないのです。

 

 

これは、単なるトラブルでも不遇でもなく、『宿題』なのです。

 

学校の宿題は誰かのを写させてもらったりして、その場しのぎが出来ることもあります。
けれども人生の『宿題』は、そうはいきません。
向き合い、諦め、開き直るまではどこまでも追いかけてきます。
放置しても逃がしてはくれませんし、自分で本気になって取り組まねばクリアしないようになっています。

 

 

この宿題は、その人にとって一番認めたくないことです。
しかも、その事柄に対して1ミリも譲りたくないのに、全面的に自分が受け入れるか、諦めきるしか解決策がないのです。

 

ある程度の年齢になっている方々は、薄々とその宿題の存在に気づいているのですが、克服までもう一歩というところです。
なぜあと一歩なのかと申しますと、『宿題』という捉え方が必要だからです。

 

上手くいかないのが『当たり前』で、
『底なしの欲望があること』を自ら認識し、
『足るを知ること』に気づく為に与えられたのだ、

という認識が必要なんです。

 

 

この宿題を、若いうちに知っておいた方が良い場合もありますし、とことん固執した後で絶望しないと決して受け入れられない場合もあります。
頭でわかっていても、心が受け入れないからです。

 

 

どうしてこんなにも上手くいかないんだ…と「感じている」原因は、これだったのかと知るには、紫微斗数は大変有効です。

 

 

宿題には必ず答え合わせが必要です。
今後、同じような問題に直面した時に同じ過ちを繰り返さない為には、解説も必要です。

 

 

出生時刻が分かる方は紫微斗数鑑定が可能です。

宿題が何なのか、且つ答え合わせをしてみたい方、どうぞお越しくださいませ。

お待ちしております。

 

全てを孕む。

皆様こんにちわ。

お盆も過ぎ、いよいよ夏場の疲れが出ていらっしゃるご様子の方々がちらほら見受けられますが、皆さまは如何でしょうか。

 

 

今朝、ふと頭に浮かんだ言葉が本日のタイトル『全てを孕(はら)む。』です。

そうか。
だから、か。

 

これまで幾度となくブログにも書いてまいりましたが、紫微斗数の命盤上には、全ての人が全ての星を持っています。
この意味するところは、全ての人が全ての要素を持って生まれているという事なんだな、と思いました。

 

 

自分と人との違いに悩んだり、受け入れてもらえない、思い通りにならず嘆いたり、拒絶されて心がガタガタになっていたり…。
人と自分は確かに別人格で、その相違に悩まされることは多いものです。
例え親子であっても、理解し合えないこともしばしばです。

紫微斗数の命盤を観れば、そうしたことが見えてきます。

命盤上には必ずすべての星が存在しており、それは個々を形成している要素です。
要素は同じである、ということになります。

 

確かに、星並びや組み合わせによって、得意な人もあれば苦手な人もあります。
自分が物事をどのように感じる傾向があるか、なども見えてきます。

 

しかしながら、快・不快の感じ方に違いはあれど、どんなに嫌いで苦手な人や極悪非道な人であっても、全ての人が全ての星を持って生まれているように、全ての人は自分と同じ要素で構成されている、ということになります。

憎くて大嫌いな相手も、要素は同じなんですね。
自分の中にも目を背けたくなるような性質が少なからず存在していることになります。

 

星は配列によって様々な表情を見せます。
その星が持つ理想的な表情がメインになる場合もあれば、同じ星でも最もネガティブな表情がメインとなる場合もあります。

強調される面が異なっているとは言え、要素は同じなのです。

 

 

だから人は、全てを孕んで生まれている。

 

 

ということは、『理解できない人』は居ないはずです。

 

自分の軸となるメインの星は違っていても、星巡りによって他の星、つまり『理解できない』と感じるその相手が軸として持っている考え方や感情を体験しています。

命盤上で遭遇する星は言い換えれば、自分の目の前に現れるご縁であり、いつぞやの自分自身でもあります。

ではなぜ、理解できないと思ってしまうのでしょうか。

 

 

その理由の一つは、自分がそうだったことを忘れている、或は棚上げにしているからです。

理解できないその相手が担っているその星が自分に巡っている時は必ずあります。
規模の大小や状況は違えども、自分が同じことを誰かにやってしまっていたり、行動しないまでも同じドロドロした感情を抱いていたことは必ずあるわけです。

 

でも、そのときは自分本位で何も見えておらず、かつて自分を一番困らせていたあの人のように自分が周囲を困らせていることに気づくことはありません。

 

怖いですねぇ。

 

 

『理解できない』と感じるもう一つの理由は、相手への理解を阻む『自分の感情』です。
例えば、憎しみ、怒り、嫉妬、悲しみなどです。

 

理解をすることは、許すことや受容することに繋がります。
許したくない、受容したくないから、理解もしたくない。
わかりたくないんですね。

 

憎しみや怒りや嫉妬や悲しみなどのネガティブな感情が強ければ強いほど、理解とは程遠くなります。

 

けれども、紫微斗数で観る一人の命盤が全ての星を持っているように、自分が遭遇する人は全て、手段や表現や状況の違いはあっても、必ず一度は同じ感情を抱いている『かつての自分』か『これからの自分』であることは疑いようのない事実です。

 

良い人だけの人も居ません。
理性的で良い部分だけを対外的に見せているだけのことです。

同じように、悪いだけの人も居ません。
その人の良いところを知っている人が僅かしか居ないだけのことでしょう。

 

善良な人も、最低な人も、全て同じ要素を孕んで構成されています。
これはとてもゾッとする事実でもあり、情けでもあるように感じます。

 

 

一度皆様、「なんじゃこいつ‼」という人に遭遇したら、その人と同じ感情を抱く自分であるからこそ遭遇してしまうんだということを思い浮かべてみて下さい。

 

理性で抑えて行動こそしなくても、感情は抱いているはずです。
同じ要素を孕んでいる自分という存在に気付きましょう。

 

自分であるからこそ、その相手を理解できる要素を授かっていることは間違いありません。

 

「自分にもそういう所があるから目につくんだ。」
ということは、残念ながら事実のようでございます。

 

 

見えていないこと。

皆様こんにちわ。

梅雨明けのはずが、雨でございます。
台風12号の進路予想が、急カーブして本州にやって来そうな気配に少々驚いております。

 

ところで、再度のお知らせです。
7月24日(金)は店内電話回線工事の為、臨時休業とさせて頂きます。
工事に伴い当日は電話が不通となります。
ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご了承くださいませ。

 

 

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さて、先の記事で「自分の事って意外と見えていないもんですね」と書いたのですが、本当にそういうもんだと実感しています。

 

私自身、自分の命盤や命式を見て、「やれやれ…難儀な人だわ。」と感じるのと同時に、そのような自分がいかに周囲の方々にお世話になっているかを思い知らされ、自ずと感謝を覚えます。

一人で生きているんじゃないことを教えられるんですね。
育てて頂いて今こうして生きていることがよく分かります。

 

鑑定にお越しくださるお客様方も、「自分がどんな人間なのかを知りたいです。」と仰るんですね。
認識できている自分像と、認識していない自分像とがあるようです。

 

 

私は紫微斗数の勉強を始めるまでは、「自分は正しい」と思い込んでいました。

我慢強いけれど、極めて頑固な人間性でした。
一生懸命生きてるのに、何もかも上手くいかない。
他の人よりもたくさん我慢してるのに、『普通の事』すら上手くいかない。

 

31歳くらいまでそんな風に思ってました。
いや、思い込んでいました。

 

『我慢の対価として願望の実現が手に入る』、手に入れる当然の権利があると信じていたわけです。

 

 

ところがそうじゃなかったんですね。

 

 

遂には望むことにすら疲れ果て、『望むことを放棄』しました。
一番手放したくなかったことを、自ら手放しました。

救われたいなどとも思いませんでしたし、癒されたいなんて感覚も、一切頭をよぎることもありませんでしたね。

 

 

そしたらあら不思議。

 

どうしたことでしょう。
結果的に楽になった上に、とても幸せな人生が向うからやって来ちゃったんですね。

 

 

その後、2~3年経ってから急に人生が動き出し、今の仕事をするご縁を頂いたんです。

 

私は元々、占いヒッピーでも占いマニアでもなく、完全なる素人でした。
携帯の占いサイトで運勢チェック、程度の。

それが何故か、決してメジャーな占術ではない紫微斗数と縁ができ、メイン占術をそれに決めたわけです。

 

 

実際に勉強を始めて命盤を見てみましたら、愕然と致しました。

 

何じゃこりゃ…。
酷すぎやしませんか?私の星…。
災難だらけじゃありませんか。
私以外を示す箇所にはとても良い星が集中しているのに、私の箇所には悲惨としか言いようがない並びじゃないか…。

 

 

何一つ上手くいっていないのに、何も形になっていないのに、自尊心だけは人一倍だった私は、脳天を撃ち抜かれた気持ちになりました。

 

 

でも、です。

 

命盤をしっかり見ているうちに、気付きました。

 

私以外の人たちを示す星がとても良いということを、羨ましいと思うのは大間違いだ、と。

この悲惨な星並びを持っている私が今こうして生きていられるのは、私以外の人たちの温情であり、愛であり、協力であり、サポートだったんだ、と。

こんなに破天荒で、アクも強くて毒だらけで、自分の事しか考えてなかった、どうしようもない私を、周囲の人たちがいつも気にかけ、心配し、支えてくれていたんだ、と。

なんて出来た人たちなんだろう、と。
私はなんてバカだったんだろう、と。

 

如何に自分が何も見えていなかったかを、思い知らされました。

 

それに気づいて、友達みんなに謝りました。

迷惑かけてばっかりで本当に申し訳ない。
思いっきり反省した。
それから、ありがとう。

 

そんな私に対して友達たちは皆一様に、「へ?迷惑?何が?何で?全然迷惑やと思ったことないで。」と言ってくれるではありませんか。
益々頭が下がる一方です…。

 

 

もし私が自分の命盤の本当の見方、命盤が教えてくれていることに気づかずに居たら、未だに周囲の人たちから向けられている愛情に気付くこともなく、不満たらたらで嘆いてばかりの人生だったと思います。

 

 

認めたくない自分の姿や傾向もシビアに映し出す紫微斗数ですが、そういう自分の姿をしっかりと認識した時に、初めて見えてくるものがあります。

 

それは、

自分への訓えであり、
向き合うべき課題であり、
戒めであり、
最も自分が感謝すべきことのヒントです。

命盤を通して自分という人間をしっかり見つめる作業の先にあるのは、感謝です。

 

 

一番見えていないのは、自分自身です。
知っているようで一番わかってないことが多いのが自分自身です。

 

自分が見えていないということは、自分を見失っているという事だと思います。
彷徨い続けるという事です。

 

 

紫微斗数は、本来あるべき姿や目指すべき姿を示してくれる、とても有効なツールだと思います。

 

皆様にも、紫微斗数を体験なさることでご自身の様々な面を認識し、自分を窮屈にしていた固定概念を棄て、今後の人生をより良く歩まれるきっかけを得て頂ければと願っています。

毒を薬に。

皆様こんにちわ。

珍しく紫微斗数関連の記事です。

 

 

全く使い物にならない人や物の事を「毒にも薬にもならぬ」と言いますね。

けれども紫微斗数に於いては違います。
毒は毒なりに使いようがあります。

 

 

毒気の強い星を持つ方や、毒気の強い星が巡っている場合などは、ある一定の期間に於いてかなりその毒にやられます。
毒気の強い星は動的な傾向が強く、制御するのは大変に骨が折れます。

 

しかし、その毒を上手く活かすこともあります。

 

毒気の強い星は概ね、非常に高い直観力や感性を備え、負けず嫌いな特徴があります。
そのため中途半端なことを好まず、あえて人がやらないことに従事することがあります。

一匹狼を好む傾向もあり、自分そのものが商品となる職業に適性があることが多くなります。
芸能、芸術、医者、宗教、弁護士、個人事業主などです。

 

これらのタイプは世間の毒を扱う仕事に従事すれば、毒を上手く活用して実利を得ることが出来ます。
トラブルが仕事になる、と申せばよいでしょうか。

 

 

例えば医師。
健康を害している人が居なければ、仕事になりません。

 

例えば宗教家。
自分を見失ってしまった迷子さんが居なければ、お役目を果たすことは困難です。

 

例えば弁護士。
全ての摩擦やトラブルが話し合いやじゃんけんで解決したら、仕事は無くなります。

 

 

つまり、トラブルに好かれている人ほど毒が強く、それを呼び込む能力があると言えます。
プライベートでトラブルに好かれるとただただ大変なのですが、仕事にしてしまえばむしろトラブルが収入源になります。

一般会社員をなさっている人でも、個人の能力で仕事を任されるポジションであったりします。

 

 

また、もともと毒気の強い星が自身の星でなくとも、毒気の強い星回りが来るとかなり翻弄されてしまいます。
どうなるかと申しますと、お仕事上で何故かトラブルのあるところにばかり呼ばれるようになります。

大変ですよね。

これは、解決したり再生したり作り直したりすることが、その時のその方の役割として巡ってきているからです。

一つのトラブルが解決したらまた次のトラブルを抱えた場所へ転勤になったり、出張になったりします。
本当に一息つく暇もなく次から次へと運ばれていきます。

しかしながらこうした現象は、お仕事として巡ってきているわけであり、実はそれが収入源になっているという事なのです。

 

 

また、生来の毒気の強い星の影響により翻弄されて過ごしていたとしても、その経験を活かして人様の為に役立つ仕事や活動をなさると良いでしょう。

先述いたしましたように、毒気の強い星を持つ人は生来非常に高い感性を備えています。
その感性を世間で活かすためには、磨かねばなりません。
ですから、あえて厳しい期間が設けられていると思ってください。

 

 

紫微斗数に於いて『毒は他者の為に必要な薬の原料である』と私は考えています。

 

毒にやられて中毒を起こして一生を終えるより、毒を克服して薬に変えましょう。

 

あなたの活躍を待っている方々のために。

 

向き合えば拓く。

皆様こんにちわ。

 

お仕事の適性などをお知りになりたいと仰る方々が多いのは勿論のこと。
昨今では、何のために生きてゆけばよいのか、自分の役割が何なのかをお知りになりたいと仰る方々が増えております。

 

 

例えば私の生業は占い師なのですが、占い師を「やりたい」と思ったことは一度もありません。
けれども不思議なことに、「…やらなきゃ!」と思う縁あって占い師になりました。

 

占い師という生業で生計を立てている人の中には、個人の対面鑑定よりも学問としての才を発揮なさってらっしゃる方もおられます。
本当の『先生』ですよね。

理論は感性の裏付けとしている私のような者からすると、尊敬いたします。

 

 

どういうわけか、私の場合は自分の不安を解消するためにだとか、もっと幸せになりたいなどという動機で占いを勉強し始めたわけじゃなかったんです。

ただ、「やらなきゃ。やらなきゃ。」となんだかよくわからない感覚に突き動かされて突然勉強を始めた次第です。

それを証拠にと言っても良いかと思いますが、自分の為の開運などはあえてやったことがありません。
友達と旅行へ行くときに、「あ、そう言えばお客様方に吉方への旅行をお伝えしてるなぁ。じゃぁ、自分たちもやってみるか。」という程度です。

厄介な『幸せ願望』から解放されているからかもしれませんが、元々面倒臭がりだということもあります(笑)。

 

 

では何のために占い師をしているかと聞かれれば、
それはただ一言、

「自分を知れば道は拓ける。こんな私でも生きて居られるのだから、あなたも大丈夫。」と言いたいだけ。

 

私にとって占いは、それを伝えるためのツールに過ぎません。

 

 

自分が負であると感じていることをプラスに転じる為に、多くの人は「部屋のどこに何を置く」とか「○○のパワースポットへ通う」などの外部環境に頼ろうと考えます。
勿論、移転のアドバイスなどの際にそういう事はお伝えすることもありますし、その人に合うアイテムを活用するのも良いでしょう。

 

しかし、そうしたことを行う前にまずやるべきことがあります。

 

 

それは『徹底的に自分と向き合うこと』です。

 

 

この作業をせず、外的要因にのみ頼り続けても、根本的な開運にはなりません。
自分を知ることをしなければ、足るを知ることもありません。
生来、人は底なしに貪欲に出来ています。
もっともっと幸せに、もっともっと…、の繰り返しです。

 

 

徹底的に自分と向き合う事に関して、誰が正しいとか誰が間違っているとか、そいうことは問題にはなりません。
むしろ、そういう感覚が最も邪魔になります。

 

どんなに時間がかかっても、受け入れるのが苦しくても、自分が如何なる人間であるか、どうしてそう感じるのかを知る必要があります。

 

それを行わずしてただ幸せになりたいと願い、ひと時の幸せを得たとしても、後に虚しく失うか、泡の如く消えてしまうことになるでしょう。

 

 

 

生きていれば立ち直れないほどの不条理な事態に遭遇することもあります。
理不尽すぎる仕打ちを受けることもあります。
どんな理由を説明されても納得など一つもないことだってあります。

 

だから、

 

ただ、受け入れる。

 

それしかないことに気づくときがあります。

 

 

この「受け入れる」苦しい作業に、紫微斗数は有効なツールの一つだと思います。

 

私が自分の為に始めたわけではない占いの勉強、特に紫微斗数ですが、皮肉にも勉強をして知れば知るほど『自分という人間』が浮き彫りになりました。

授かった自分という人間を、人生においてどう活かしてゆけば良いのかも見えてきました。

 

 

適性は、どんな仕事に向いているかということですが、それが喜びに直結するとは限りません。
適性と目的がリンクしたときに初めて、喜びが生まれます。

 

この『目的』が自分の中で明確に認識できていれば、何をしていてもぶれるという事はなくなります。

 

 

その答えは外的要因ではなく、必ず自分自身の中に潜んでいます。
本当の意味で自分の心が喜ぶ事が、その人にとっての目的であり、世の中に対しての役割となります。

 

 

まだ何をしてよいか分からずにいらっしゃる方は、紫微斗数で自分を認識し、そのヒントが見えるかもしれません。

 

 

知っているようでわかっていない自分を知ってみてはいかがでしょうか。

 

どっちも自分。

皆様こんにちは。

台風上陸でございますね。
どなた様も通勤通学の行き帰り、どうぞお気をつけて頂きたく存じます。

 

 

台風と言えば。

 

 

自分にとって台風みたいな人だと感じること、或は心の中に暴風雨が吹き荒れること、ありませんか。

 

紫微斗数の命盤にはその人の宿題とされる星があります。
これは必ずすべての人に存在しています。

 

この宿題は、その人にとって極めて困難で、最もその人を苦しめるものであるのと同時に、その経験からしか得られない貴重なギフトの引換券でもあります。

 

この宿題は、自分の為にやっている以上一生終わらない宿題です。
なのにこの宿題に関する事柄は、どうしても自分の思い通りにしたいという執着が手放せない事柄になっています。

 

宿題をクリアするためには、『自分の為』を放棄すること、それしかありません。

 

『あなたの思い通りには決して成り得ません』
これが宿題の示すことです。

 

最も自分がこだわっていて、最もどうにか自分の思い通りにしたいと思っていることが、実は『絶対に思い通りにならないこと』として授かっています。

 

もう一度申し上げますが、全ての人がそうなっています。

 

 

一番こだわってしまう事柄は、自分にとって一番苦手な事柄でもあります。

宿題星は命盤上にずーっと存在し続けますから、一生ついて回ります。
苦手な宿題をクリアしても、得意科目にはならないわけです。
どうにかやっとこさクリアする宿題です。

 

 

運気というものがありますが、運気によって星が巡ってきます。
調子のよい星が巡ってくるときは追い風、影の多い星や荒っぽい星が巡ってくるときは、向かい風です。

 

 

宿題星は、自分を鍛えるためにあります。
根っこから鍛えてしっかりとした心の芯を形成させる為にあります。

その宿題星も、時々運気と共に巡ってきます。
人によって影響の度合いは異なりますが、概して楽じゃありません。

 

 

命盤上には12個の部屋があります。
星たちが入っている部屋です。
その12個の部屋を一つずつ順番に私たちは移動しています。

 

もし宿題星の影響が強い部屋が巡ってきたら、自分が常日頃ずっと「思い通りにならない」と嘆いて文句を言っているその対象、その事柄を、自分自身が周囲に対して同じことをやってしまっていることになります。

攻守交替だと申し上げればわかりやすいでしょうか。

自分が普段は『守備(=攻められる側)』なのですが、宿題星が入っている運気が巡ってきたとき、『攻撃(=相手を攻める)』側になるのです。

 

一番自分が嫌だと思っていることや人物と同じことを、自分がまんまとやってしまっているという『事実』。

 

おっそろしいこと、この上なしですね。

 

 

人は自分の鏡である、と昔から言われていますが、紫微斗数の命盤を見てもそれがはっきりわかるようになっています。

自分自身が攻撃しない=求めない、ことをしない限り、何度でも同じことを相手からされてしまう、つまり、宿題は終わらないということになります。

 

 

 

宿題星が付いている個所にもよりますが、自分自身や自分の一部(仕事・お金・健康・精神・家庭)に付いている場合は、どんなに不平不満を言っても、自分自身がその元凶であることが言えます。

 

ですから、まず自分を慎みましょう、ということが命盤から教えられるわけです。
手厳しいですね。

 

 

反対に、自分以外を表すところに宿題星がついている人は、もともと自分が不平不満の元凶ではないにしても、運気でその星が巡ってきているときは、同じことを周囲に対しておこなっていますから、この場合も慎まねばなりませんね。

 

 

負の星や宿題星のある場所は、気圧が低いと思ってください。
低気圧があれば、かならず高気圧があります。
高気圧はつまり、状態の良い星です。
ものごとは全てバランスです。

 

 

気圧の低い負の星や宿題星が巡っているから、或は自分自身を表すところにそれが付いているからといって、嘆く必要は全くありません。
なぜなら、その気圧の低い場所へ向かって周囲の高気圧からどんどんプラスの気が入ってくるようになっているからです。

 

負の星しかない人はこの世に存在しません。
どれだけ状態のよろしくない命盤でも、良い星があり、その助けを得ているのです。

 

不平や不満が絶えないのは、それに気づかないままでいらっしゃるからです。
苦しい時や辛くてどうしようもない時、自分を苦しめている事柄にだけ心が集中しがちです。

余裕がなくなります。
人はそういうもんです。

 

 

けれども少し落ち着いたら、自分が低気圧を起こしている張本人である時が必ずある、ということを思い出しましょう。

そしてそれと同じとき、高気圧に居る周囲の人たちが自分に愛情を注いでくれたり、守ってくれたり、理解して寄り添ってくれたりしていたことを思い出しましょう。

 

 

 

紫微斗数の命盤は学問的にも面白いですが、人生哲学そのものがそこにあります。

 

 

あなたの宿題の対象は、あなた自身かもしれません。
あなた以外かもしれません。

 

 

もしあなた以外に宿題星が付いているのであれば、低気圧の星を背負ってくれているその人に、感謝してください。

 

 

その人こそが、あなたがもっとも尽くすべき人のはずです。